フォト

他のアカウント

喜樂家の「恥」の歴史

2012年1月 1日 (日)

「東京になんか負けないぞ」と叫んだ日

夏ダカラ…、
なんてことを言っているうちに、
新年が明けてしまった。
秋以降、仕事がバタバタしていたのも確かなんだが、放置するにも程がある。(=_=)
これはそんな秋口の話。
だからちょっと時系列にズレがあるけれどご勘弁を。

新宿に落語を聴いた帰り道、野方に寄り道。
自転車移動はこれができるからいいね。
野方は上京して初めて住んだ街なので、お気に入りの街のひとつだ。
当時住んでいたのは四畳半一間。
もちろん風呂ナシ、トイレ共同で家賃1万7000円。
初めての一人暮らしに初めてのバイト。
初めて二日酔いしたのもこの街だったし、
「半ライスお代わり」という
言葉を覚えたのもこの街の定食屋だった。
田舎から出てきて、
「東京なんかに負けないぞ」といきがっていたけれど、
根拠も自信も全然なかった。
あ~、恥かしい。(^^ゞ
001
▲駅舎もすっかり垢ぬけた感じになっていた。

当時住んでいたアパートも駐車場に代わり、
街の様子も大分変ったけれど、
恥かしい思い出とともに、
やる気に溢れた自分を思い出させてくれる街でもある。
002
▲アパートの跡地は駐車場に。

元気が出たついでに、
評判のいい焼きトン屋「秋元屋」に突入。
夕方5時過ぎたばかりというのに、
店内は六分入り。
おじさん族に占拠されているのか思っていたら、
意外と若いグループや家族連れもいる。

003_2
▲秋口なので5時なのにこのくらい明るかった。
004
▲定番のキャベツ。オリジナル味噌がいい感じ。
006
▲水茄子の漬物。おろし生姜が付き。

自慢の焼きトンで
生ビールやホッピーをグイグイ…。
色気をふりまくお姉さんもいないし、
こじゃれたつまみが出るわけではないけれど、
活気が溢れていて、
この場にいるだけで元気になる感じだ。
005
▲ぷりぷりのレバは塩で。
007
▲多分、こいつはシロコロホルモン。脂が濃厚でホッピーにバッチリ。

自分を元気にしてくれる街や場所が
少しでもあれば、
もう少し東京で頑張っていけそうだ。
ってなわけで、今年もよろしくお願いします。_(._.)_

2011年1月14日 (金)

信玄公に30年ぶりの初詣

三連休も終わり、
ようやく身体は仕事モードになっているのに、
一向に仕事が動かない。
まさに開店休業状態である。(((((**自爆**)))))ドゴーン

今年、正月明けに帰省したついでに、
甲府の武田神社に初詣に出かけた。
武田神社は武田氏館跡地に建てられている神社で、
祭神は武田信玄公だ。
Takeda
▲甲府駅前の信玄公像

山梨県人は武田信玄と呼び捨てにせず、
「武田信玄公」と尊称で呼ぶ。
別に学校でそう教えているわけではなく、
親から子へ、そして孫へと
受け継がれてきたので、
上京するまでそれが当たり前だと思っていた。

山梨の土産品のほとんどは
武田信玄や風林火山をモチーフにしているし、
名物といわれるほうとうや煮貝も、
武田信玄の戦中食がその由来になっている。
Tekeda001
▲武田神社の入り口

山梨には温泉が多いのだが、
そのほとんどが「信玄公の隠し湯」を名乗っている。
戦に明け暮れていた戦国大名が、
そんなに温泉に入っていたと思えないのだが、
まあ、そのあたりは見て見ぬふりするのが
大人ってもんだろう。(^^ゞ
Takeda002
▲武田神社の門松は斜め切りはしない。斜め切りするのは江戸時代以降らしい。とういうのも「三方ヶ原の戦い」で信玄公に敗けた家康が「(信玄の首)次は斬るぞという念を込めたのが始まり」という説がある。

さて、武田神社に初詣に行ったのは
高校三年のときだから、
約30年ぶりとなる。
三が日はとうに過ぎていたから、
初詣客はさほど多くはなかったが、
鳥居前の道路には屋台が並び、
なかなかの賑わい。
信玄公が奉られていると思うと、
寒くても自然と背筋が伸びるから不思議だ。
東京暮らしのほうが長くなっても、
山梨県人のDNAは健在のようだ。
お賽銭をはずんだぶんだけ
しっかりお祈り。
おまけに厄除けのお守りと破魔矢まで購入し、
その足で東京へ。
これで今年は少しはいい年になると思いたい。
もしダメだったら、いくら信玄公とはいえ許さんぜよ。(((((**自爆**)))))ドゴーン

Takeda004
▲実家の近くの風景。正面の山は八ヶ岳連峰。
Tekeda003
▲畑の中に今は電線も通っていない木の電柱が。
Tekeda005
▲犬のように鎖でつながれた猫。いい面構えしている。

よろしければクリックお願いします。 人気blogランキングへ
Banner2

2010年2月20日 (土)

ああ~、万年床にも春は来る!?

雪が降ったり、雨が降ったりと、
うっとうしい天気が続いたけれど、
来週あたりから天気が回復するらしい。

天気が悪いと、何が困るかというと、
布団が干せないこと。
干した後の太陽の匂いがする布団が好きなので、
晴れているときは、
たいてい布団を干すことにしている。
これがフリーランスのいいところだ。

ただ時々、予定が狂って、
夜まで帰宅できないと、
ヒエヒエ~な布団になってしまうことがあるが、
これもご愛嬌だ。

布団を干すもうひとつのメリットは、
部屋が広く使えること。

小生はこの時期、暖房器具としてこたつを愛用している。
悲しいかな小生のボロアパートは、
こたつと布団を同時に使うほどスペースに余裕はない。
どちらかを出すためには
片方を片付けないとならない。

布団を押入れに上げればいいのだが、
根が不精なものでもこれが面倒くさい。
ベランダに干せば、
布団も気持ちよくなるし、
空いたスペースにそのままこたつを立てることができる。
まさに一石二鳥なので、
布団を干しているわけだから、別にマメというわけではないのだ。

だからここ数日のように、
雨や雪が続くとどうなるかというと、
布団を敷きっぱなしにしてしまうことになる。
つまり万年床だ。

中年独身男の部屋に万年床ができると、
どうなるかというと、
途端に貧乏臭くなるんですね。これが。

さらに洗濯物を部屋干しにしたりすると、
貧乏臭が濃厚になり、
目に見えない小さな貧乏神が浮いているような錯覚さえ覚える。

これで仕事にヒマで何も予定がないと、
昼から布団にもぐりこみ、
テレビなんぞを見てしまうと、
松本零士の「男おいどん」の世界へ一直線だ。

今日はなんとか晴れたので、
布団を干すこともでき、
掃除機もかけて、部屋がすっきりした。

これでサルマタケが生えないですみそうだが、
しかし、同じ寝具なのにベッドは
片付けなくても貧乏臭くないのに、
布団だとなぜこうも貧乏臭くなるんだろうか…。

本日は、あまりにもうっとうしい話題だったので、
画像だけは晴れ晴れと。
先日の雪の日に撮影した早咲きの桜が、
もう六分咲きぐらいになっていた。
Sakura001_2
▲やっぱり桜は青空が似合う。
Sakura002
▲メジロを蜜を吸いにきた。

よろしければクリックお願いします。 人気blogランキングへBanner2_2

2009年11月25日 (水)

おふくろの味というものの…

よく一人暮らしするようになると、
親のありがたみがわかるというけれど、
これは正確ではない。

確かにありがたみもわかるが、
欠点やダメぶりも見えてくる。

我が家では出前を取ったり、
外食するという習慣がほとんどなかったので、
料理といえば母親が作ったものばかり。
そのため「母親の料理=スタンダード」という公式が
すりこまれていた。

ところが、一人暮らしが長く、
料理なんぞを作るようになると、
「うちの母親って、料理ヘタクソだったんじゃないか」
ということに、気づいてしまったのだ。

例えば「味噌汁」や「煮物」。
母親は和風だしの素など市販品は使わず、
煮干しで出汁を取っていた。

これはこれで立派ではあるが、
出汁を取った煮干しを捨てず、
そのまま具としても活用していたから始末が悪い。

だから豆腐の味噌汁に煮干しがプカプカ浮かんでいたり、
野菜の煮物の大根と人参の間から
煮干しが「コンニチハ」していることも
日常茶飯事だった。

しかも「栄養があるから全部食え」という。
頭もハラワタもとっていない、
出がらし状態のヤツが美味いわけもないのだが、
それが当然のように食べていた。

家族にそんな無理強いをしながら、
納豆やアジの開きが食卓に出ることがなかった。

不思議に思い、数年前、
帰省したときに何気に母親に尋ねたら
「だって、キライなんだもん」と
あっけらかんとした答えが返ってきた。

子供たちには好き嫌いはするな、
と言いながら、
自分の嫌いなものは、食卓には出さない。
一体これってどうなのよ。
世の中の母親の皆さんにとっては、
これって当然なんだろうか…。

2007年9月26日 (水)

無知ときくらげの日々

本日のランチは近所の中華料理屋で、
きくらげと玉子の炒めもの。
豚肉が入っているものの、主役はきくらげと玉子。

このきくらげってヤツは不思議なもので、
中華料理店やラーメン屋で、
野菜炒めやタンメンを注文したとき、
コイツが入っていると、
小生的にはたちまちポイントが高くなる。
あのぬるっとした舌触りと
コリコリとした食感が好きなのだ。(・~・)゛ モグモグ

実はきくらげには苦い思い出がある。
初遭遇したのは、
上京したての頃に
いつも足を運んでいたラーメン屋。
貧乏学生だったので、
そこで注文したのはラーメン、野菜炒め定食、
ニラレバ炒め定食の3品。
バイト代が入ったとき、頑張ってしょうが焼き定食だから、
我ながら情けない。(^^ゞ

そこの野菜炒めにキクラゲが入っていたのだが、
当時、きくらげの存在自体知らなかったので、
長い間、キャベツの焦げたヤツと勘違いしていた。ρ(。。)イジイジ

自分で野菜炒めをするとき、
キャベツをどう焦がしても、
きくらげの食感にならず、
「さすがプロは違う。
きっと秘伝の焦がし方があるに違いない」

早合点したのが運のつき。
ある日、意を決してそこのオヤジに
「これってキャベツをどう焦がすとこうなるの」
尋ねてしまったからもう大変。
本当に無知というのは怖い。

一瞬の沈黙の後に
店内は周りにいたお客を巻き込んで大爆笑。
(((((**自爆**)))))ドゴーン

でも、その後、小生の無知さ加減に同情してか、
野菜炒めを注文すると、
きくらげを多めに入れてくれるようになったのだから、
恥をかいたかいがあったのかも。(^^ゞ
Photo
よろしければクリックお願いします。
Banner2_2

人気blogランキングへ

2006年12月17日 (日)

居酒屋、今昔物語

昨日は飲み友達と近くの居酒屋で忘年会。
最近はチェーン店系の居酒屋に足を運ぶことが少なくなったが、
若い頃は「養○ノ瀧」「村○木」「○の家族」にはよくお世話になったものだ。

肴は安さとボリューム重視。
焼き鳥、煮込み、ほっけの開きが定番で
刺身なんててとんでもない。
せいぜいシメサバがいいところ。

単に飲みすぎたせいなのか、
食い合わせが悪かったのか、
はたまたサバの鮮度が悪かったのか、
今となっては検証しようがないが、
食べた翌日はよく下痢をしたものだ。
∥wc∥ o(・・o) =з =з =зモレルゥー!!

そんなときは、
「村○木のサバでアタっているようでは、
鍛えかたがまだ甘い」と、

わが身の弱さを嘆いたものだ。

なのに最近の居酒屋のメニューにきたら・・・。
一体どうしちゃったの。

有機野菜のシーザーサラダ、国産有機大豆の寄せ豆腐、
アボカドのねぎとろの湯葉春巻き・・・。
おまけにとろける杏仁プリン、抹茶白玉モンブラン
といったスィーツまであるじゃない。

懐かしいシメサバだって、
なんと炙りシメサバなぞというコジャレタものに大出世していやがる

居酒屋だって変っているのに、
こっちは当時の鍛錬(?)のおかけで、
胃腸が鍛えられたものの、
相変わらず寂しいひとり身。
あぁ~、イヤになっちゃう。(´_`)トホホ

2006年12月10日 (日)

山梨にジャッシー現る

飲み会などで地方出身者が集まると、
きまって話題に上るのが方言。
出身県別にひとつの言葉を出し合うと、
「ウチではこう言う」「オレのところはこうだ」と、いい話題になるものだ。

はっきりと方言とわかる言葉ならいいのだけれど、
標準語と思っていた言葉が方言だったりするととんだハジをかくことになる。

ブログスタートを記念して、.方言にまつわる
オイラの恥しい思い出話を紹介。

今を遡ること20年前。
山梨から上京したて私はジャージを買うために
デパートのスポーツ用品売場に行き、
近くにいた店員さんにこう尋ねた。

「ジャッシーはどこですか」

今はどうか知らないけれど、
当時、山梨では「ジャージ」のことを「ジャッシー」と呼んでいたのだ。
中学入学のときに用意する物のリストの中にも
学生服、制帽のほか「ジャッシー」としっかり書いてあったし、
街の洋品店には「○中学指定ジャッシーあります」といった

手書きのポスターが貼ってあったし、
学校の先生は、
「明日校庭の草むしりだからジャッシーを持ってくるように」と

自信満々に言うのだから、
標準語と勘違いするのも無理はない。

日本には色々の方言があるだろけれど、
ジャージという比較的に新しい外来語がなまるのは、
山梨だけかもね。

2014年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ